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お盆 /
2008.08.15 
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田植え前 /
2008.05.10  
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五月の連休、南魚沼は田植えの直前。この時期の一瞬、水を張った田んぼで魚沼盆地はまるで湖のようになる。
土地改良でほとんどの田んぼが三反歩田んぼになり、あぜ道が少なくなったせいでもある。
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デザインの遺伝子 /
2007.12.30
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暮れに恩師がなくなられた。1980年代から90にかけて日本のデザインを引っ張ってきた。いつも戦っている方だった。当時の師のデザインをもう一度改めて見返したとき、一言では言えない様々な思いが蘇ってきた。少なくともそれは今の自分のデザインのなかにも引き継がれていることを確信した。
2000年に沖健次さんが企画した、meme「デザインの遺伝子」というセミナーを思い出した。亡くなられて始めてわかることもある…
長い間お疲れ様でした。そしてお世話になりました。ご冥福をお祈りします。
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コラムが書けなかった訳 /
2007.06.03
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ずいぶんとコラムを書けずにいた。1月以来だからかれこれ半年近く何も書いてないな、と思う方もいれば実は、1月といういのは去年の1月だということを知っている方もいると思う。そうである。1年半も何も書いていないのだ。
簡単にいうと”忙しかった”ということになるが、ひとつには月刊杉WEB版の発刊がある。
監修、そして編集に関わり始めたことに原因がある。なんといっても毎月である。出版とか編集とかきちんと関わった事はなかったが、企画から始めて執筆依頼や、催促、そして編集とこんなに大変とは思わなかった。加えて自分の原稿も書かなければいけない。かといって継続は力なり。簡単に音を上げる訳にもいかない。もう自分のHPどころではなくなったのだ。でもここに来て月刊杉の編集に力強い助っ人も現れた。少し楽になった。
この4年間位、本当にバタバタしていた。あちこち出張し、デザイン、会議、修正、現場、その繰り返しであった。そのたびに多くの人々と出会う。やることがどんどん増える。日本全国スギダラケ倶楽部という活動もそれに比例して増えてくる。どこまでが仕事なのかその境目も曖昧になってきた。
でも、おもしろい。何かありそうだ。しばらくこの方向でやってみよう! そう思いひたすら走ってきた。だから3年前の今頃は…とか、去年の春はと振り返ろうとしても全然思い出せない。
ゆっくりしたいと思うわけではないが、ぼちぼちきちんと組み立てながら、先を睨んで歩いていきたいと思い始めている。少し疲れてしまっているからかも知れない。ちょっと充電もしたいし、今までやって来たことと、それを踏まえた次のステップも見据えたい。
焦ってもしょうがないのだが…
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雪のこと
/ 2006.01.08
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今年は元日の帰省だった。除夜の鐘を聞いたあと、東京を出た。さすがに走る車も少なく高速道路もスイスイだった。
しかし上越国境のトンネルを越えて見る雪景色は普段の年より格段に多かった。
一昨年は地震、昨年は台風、大雨。そして今度は大雪である。温暖化で最近はスキー場も困るような年も多かったが、年末から続いた雪は最近ではない降り方だ。休みなく降り続く。もっとも、この大雪も温暖化が原因とか。
少し寝て起きた風景はすごかった。元日にしては信じられないような日本晴れ。雲ひとつない。あーなんて美しいんだろう。と思ってしまう。越後三山も田んぼも家も真っ白だ。この風景には勝るものはないんじゃないか?とまで思ってしまう。
しかし除雪は深刻だ。道路に雪はほとんどないが、そのぶん道路の両側には雪が高く積まれる。 |
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歩道と車道は縁石があるため一緒に除雪出来ない。結局、歩者道境界には雪の壁が出来る。(左)
歩道を歩くとまわりは何も見えない。
雪のトンネルのようだ。(左下)
最近屋根の雪はトタン葺きにして雪が自動的に落ちる家がほとんどになった。しかし、屋根から落ちた雪の処理、道路までの各家の雪始末は自分でやらなければならない。
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うちの実家を始め、最近は老人だけの家も多くなった。とても負担である。
いろいろ対策を考える。
井戸を掘って家のまわりに地下水を回したり、個人で除雪車を購入したり。
しかし井戸だって、除雪車だって100万円以上はすぐかかる、しかも加えて電気代、燃料代だって相当なものだ。何よりそれに費やす時間が必要だ。
会社だって学校だっていかなければならない。
市町村レベルで一晩に費やす除雪費は500万程度と聞いたこともある。
一時、もはや克雪(雪を克服する)という考え方はやめよう、これからは利雪(雪のメリットを活用するか)をいかにやっていくかだ。と言われてきたが、やはりこの地域雪に対するのリスクは相当なものだ。
そう思っている自分でさえ、人ごとのようにしか考えられない無責任さと今の現実がある。 |
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翌2日は時々雪が降るいつものどんよりした雪空。
そして夜から3日にかけて再び雪が降り出す。
あっという間に道路も真っ白、道路の境目さえ、全くわからなくなる。
少しいやな予感がしながら、関越道を東京へと向かう。三国トンネルまでの30kmほどが全く動かない。歩くより遅く、なんと8時間もかかってしまった。
こんな渋滞は初めてだ。途中、JR在来線不通、国道は雪崩で不通...といったニュースが流れてくる。
夜中の2時過ぎ、ようやく東京に帰ってくる。結局普段3時間程度のところ12時間かかってしまった。
全く雪のない風景に少し物足りなさを感じながら、雪のないアドバンテージは何か、雪がないことでどんな得をしているんだろう。考えてもわからない。ありすぎるからだ。いや逆を考えると成立しなくなってしまうからだ。
結局そこに住む人々がリスクと感じないよう生活出来る事につきる。知恵と努力と強さか。
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村の鍛冶や2
ぶんぶくすぎっちん / 2005.12.29

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前回紹介した安保鍛冶屋の安保さん。ぜひ一度何か製作してもらいたいと思っていたところ、内田洋行の若杉さんからきりたんぽを食べるためだけの家具?をデザインして欲しいと電話があった。
「安保さんで良いですね?」「もちろん」
こういう時は早い。安保さんに電話をし、すぐにスケッチを描き若杉さんに送る。約10日後にはみんなで美味しい忘年きりたんぽパーティーが行われていたノである。
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驚くべき事はこの短時間製作にもかかわらず、当初のイメージスケッチと現物がほとんど同じと言うことです。
これはチームワークのなせる技です。安保さん、内田洋行のみなさん、そして秋田のすぎっちさん。感動です。
さらに詳細に知りたい方は 月刊杉6号の若杉さんの記事、及び スギダラケの人々でご覧下さい。
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村の鍛冶や
/ 2005.11.25
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まちから音がなくなりつつある。大工さん、建具屋さん、畳屋さん、仕立屋さん、板金やさん、そして鍛冶屋さん。どのまちにも必ずあったこれらのお店は時代の流れとともに極端に少なくなった。
その奏でる音や、職人さんのつくっている様子を見て子供心にものづくりへの興味、あこがれ、そして職人さんの技術のすごさを目の当たりにして感動したものだった。ものを造る現場が身近になくなって行くことは、ものづくりの良さが伝わって行かなくなる危機感を感じている。
先月杉の現場を見に秋田を訪れた時、案内してくれた秋田モクネットの加藤さんが鍛冶やに行きたいですか?と唐突に質問した。どうして鍛冶やといったかわからないが瞬間的にぜひぜひとついて行った。
なんと昔そのままの鍛冶屋がそこにあった。
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加藤さん(後ろ姿)はよく知る仲らしい。 |
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安保さん、2代目。黙々と仕事をしていました。 |
いやぁーすごい!とにかくすごい。
いろんな工具、パーツ、治具などが入り交じってる
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情緒的なあかり /
2005.08.28

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1970年代のオイルショックなんてもうずっと前のことで、みんな忘れている。省エネという言葉も。
しかし、まちからネオンが消え、都市が暗くなったことを昔のことと片づけて良いのだろうか?と思うほど最近の都市は明るすぎる。
日本の夜の情景はヨーロッパに比べ、圧倒的に情緒的でない。明るすぎるし、白すぎる。明るさの代名詞として受け入れられた蛍光灯がよっぽど嬉しかったのか、夜は明るくは今でも変わっていない。
国交省のガイドラインにバリアフリーの観点から考えると、歩道は10ルクス以上が望ましいと指導されてから、その話もしばしば耳にする。安全上の問題をとやかくいうつもりはないが、夜をもっと楽しく良い雰囲気にしていきたい。
夏祭りの季節、連続する提灯やろうそくの明かりにふっとよぎる懐かしさや安心感はもともと日本人の得意とするところであった。
最近小野寺康さんと福井県勝山市のプロジェクトに関わった。まだ完成は先であるが、この夏一期工事が完成した。大清水(おおしょうず)と言って湧き水が流れる空間がメインである。
暗い空間をつくった。
もともと暗いのだが、敢えて明るくせず水際の遊歩道をゆっくり気をつけながら歩くイメージである。
なかなかいい。老夫婦が「ここ綺麗ね」と言いながら手を取り合って歩いて行った。
つくった安全より、気持ちの安心感の方がずっといい。
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夜景。気をつけながらゆっくり歩く感覚。 |
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昨日、日本土木学会に景観デザイン賞の表彰式に行ってきた。
今年はかなり時間をかけ、各プロジェクトのプレゼンテーション、講評が行われ、全国各地の優秀な現場を久々にゆっくりと設計者、行政、市民代表の話を含め聞くことが出来た。特に印象に残ったのは最優秀賞の二点(豊田市児子の口公園、源兵衛川・暮らしの水辺)がいずれも市民主導で行ったこと。一昔前の(いや現在も出来ていないところは多いが)官民一体とか市民を含めた、とかではない完全な市民主導という感じがする。ここで行政は一体どういう存在の仕方をしていたのか、発注形態は...などという言葉を想像するも面倒なくらい見事である。
おそらくこれは一般的ではなく特殊事例だと思いつつも、過去の日本には(昭和30年代まで)かなりアチコチで見られた風景かも知れない。
またバブル以降一度失ったモノを取り戻したということも共通している。大人達が今の現実を憂い、子供達の未来を考えた時、このままではいけないどうしてもやらなければならない、と自分たちの子供時代の体験を元にプロジェクトが進められている。そんな熱い想いが明確でその輪が広がっていく時、行政であろうが、設計者であろうが誰も引き留めることは出来ない。
そう考えるとこの特殊事例が実はごく一般的な側面を持っていることに気付く。これからのひとつの方向性を示す好例であったし、この二つが最優秀賞を獲得したことに、やはり土木やデザインがつまりはひとのために何が出来るかということをm忘れてはいけないということを改めて感じた。
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スギでっぽう /
2005.05.19

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4月の末に行われたhappi展で小学生を対象にした特別授業を行った。社会の授業でスギと人の良い関係を子供達に伝えようと、スギでっぽうをみんなに作ってもらおうと考えていた。
ところがうっかりしたことにスギでっぽうは花が咲いて実が固くなった時期でないと無理なことがあとで解った。つまり花粉が盛んな時期は全く不可能だったのだ。子供の時は得意げに遊んでいたのだが、実はそん何も考えずになことさえすっかり忘れてしまっている。
知らず知らずのうちに忘れ去ってしまうこと、その存在さえ忘れ去られたものがここ何十年かの間に結構あるような気がする。 いらないと思えるのに存在するもの、大切なはずなのになくなってしまうもの、その判断は我々がしているのだ。
ちなみに知らない方のために、下にスギでっぽうの原理を示します。スギの実を何個か口にくわえ、一発目を先端にスポークで移動、二発目を手前に入れたら一気にスポークで押し出す。プチっという心地良い音とともに先端の実が発射される。顔に当たると結構痛い。
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ロープ工場 /
2005.01.19

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愛知県三河地区周辺はロープ工場の生産地で知られている。以前蒲郡を訪れたとき、駅を始め、アチコチにロープが展示してあり、実にきれいだなと思ったことを覚えている。
今回別の機会があり、そのうちの一つの工場を訪れる機会があった。
昭和17年に建てられたというその工場は、敷地も広く、樹木や堀がきれいに
置され美しい。
工場棟は今でもほとんど木造トラスで、それをしげしげ見ていいるだけでなんだか嬉しくなってくる。
本格的なロープの製造機械は見たことがなかった。組紐や何層にも複雑に絡み合っているロープははどうやってつくるのか,とても興味があった。
その機械は想像よりずっと大きく、鉄のかたまりで出来た複数の機械が比較的ゆっくり回転している。
ギアーとカムシャフトを組み合わせ何とも言えない不思議動きをしながら、おもしろいようにように編んでいく。その動きは機会と言うより、どことなく人間の動きにも似ているように見える。
太平洋戦争も末期にさしかかろうとする時期に、なぜここにこんな立派な工場を造ったか?
実は、川崎から移転したらしい。当時海軍が軍事的に重要な素材であったロープ製造を守るため、米軍に攻撃されやすい川崎から逃れ、元々地場に繊維産業のあった蒲郡を選んだらしい。
そんな話がすぐに納得できるような、まるでタイムスリップしたような気分になるほど当時の雰囲気を色残している。また行こう。 |
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ガラス工場 /
2005.01.09

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新年早々福島までガラス工場に検査に行ってきた。釜から手際よく型にガラスを流し入れ、その後プレスする。ガラスの製造工程も機械化が進みながらも職人さんの感によるところが非常に大きい。
ほとんど限界に近い大きさということで、かなり心配していたガラス製造であったが、その出来はなかなかよく安心した。
さて何が出来るか?もうしばらくしたらお見せ出来ます。
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