重苦しい/2003.12.10
 
イラクの自衛隊派遣が昨日決った。
唯一の被爆国、戦争の無意味さを痛感した日本がどうして武力以外の道を見出さないのか?
地球規模の平和を訴えないのか? 日本ていったい誰? 悲しい。




 

 
 
落ち葉 /2003.11.03
 
我が家の玄関先に白樺が植わっている。かれこれ12年くらいたっただろうか。
はじめは東京でどれくらい育つだろうとか、そんなに大きくならないだろうと思っていたのだが、すくすくと育ち10mは超えてしまった。春から夏にかけての緑、秋の紅葉とても美しい。それは良いのだがこの季節、頭が痛いのは紅葉後の落ち葉である。量が半端でないことと、時間も一ヶ月は続く。はじめは少しくらい良いだろうと思い、あまり片づけない時もあったが、敷地が狭いこともあり、近所の住民の目がどうも重くやはり基本的に朝晩掃くことになる。
さすがに今年剪定をしようと思ったが、期を逸してしまいまたシーズンが始まった。
自然はいい、緑はいいと言っても、きっちり掃くことはどうも不自然で、何とも言えないやりきれさを感じたり、一方でやっぱりその場所のルールは必要だとも思ったり。



 

 
 
Good design 賞 /2003.10.30
 
最近の(財)日本産業デザイン振興会のgood design 賞(G-Mark)は従来のやり方を一新し、新しい方向性を構築しつつあるように思う。日本のデザイン賞がより価値を持ち、高いレベルになり、それがデザインの発展につながるという考え方は良く理解出来る。自分でもエントリーするよう心がけてもいる。
しかし最近ちょっと危惧するのはメインの賞が、大企業に偏っているように思える事である。デザインの価値として確かに社会的に影響力はあるが、規模の大きい小さいとか影響の大きさだけではない価値観も含めてもらいたいような気もしている。それとbad designは逆に悪い影響も大きいわけでその辺も同時に語る必要もあると思う。
ひとつにはスポンサーとしての魅力があることはわかるが。


 

 
城内の四季-夏 /2003.08.31
 

今年は冷夏で米どころ魚沼の田んぼも少々心配。お盆も雨がちでかなり涼しかった。それでも少し天気がよくなると八海山や巻機山など山並みや空は緑豊かないつもの風景に戻る。これを見ないと何となく元気が出ない。
ひさびさに田んぼの害虫消毒をやってきた。情けないことにそれだけで次の日体が痛くなってしまったのだ。
よく見ると新潟の山もやっぱり杉だらけだ。

 
 
 
左は実家の近くにある欅苑。元々この辺りの総本家で大家と呼んでいた。実家も八海酒造もみんなここの出だ。子供の頃はよくここの庭で野球などして遊んだが、現在は欅案といって山菜などを中心にした食事を食べることが出来る。なぜ欅苑と言うかというとここには樹齢1500年という立派な欅があるからだ。友人の榎本文夫さんなどはちょくちょく訪ねているらしい。 なかなか良い雰囲気


 

 
  
梅干し
 

このところ毎年梅干し漬けている。ところがなかなかおいしくできない。今年も挑戦。 一個一個丁寧に洗って拭いて、6月につけ込んだ。カビ防止に焼酎も忘れずに...ちょっと食べてみると塩加減は抜群にうまくいった。これは今年はおいしく出来るぞ!って思っていたら、なかなか梅雨が明けず天日干しが出来ない。8月に入りようやく梅雨明けで、さあ干すぞと意気込んで並べた。ところがその日の夜土砂降りの雨になり、うっかりしまい込むのを忘れびしょびしょになってしまった。今年もガッックシ。でもまだまだ諦めない。



 

 
 
こころ/2003.05.10
 
少しミーハーな話です。5月連休に新潟の六日町の実家に山菜取りがてら行って来た。山に向って車で走っていたら突然NHKの連続ドラマ「こころ」の撮影現場が目に入ってきた。見ると朝倉医院と書いてある。こころのダンナ(中村とおる)の実家が六日町で個人病院をやっているという設定である。ドラマに出てくる山や道など風景はだいたい何処かわかるのだが、この病院だけは見当がつかず、もしかして東京かな...とも思っていた。ところが田んぼの真ん中に実際に存在している家は、この辺には似合わずなかなか洒落てしっかりしている(と思った)。鉄製の看板は錆びているし、当時の診療所をそのまま使っているように見える。ちょっと感心して眺めていた。
すると近所の人が実はここは数年前までおばあさんが一人で住んでいた民家だったが、亡くなって今は空家になっているとのこと。そういわれてもう一度看板をじっくりと観察した。錆びた鉄も傷んだ漆喰も実は巧妙に作られた発砲スチロール製のダミーで軒先の照明も新品だった。なんだか少し安心した。
 


 

 
 
杉の間伐材対策に対して思うこと/2003.02.14
 
子供の頃、杉の下草刈りをした方ならご存じでしょうが、杉のメンテナンスは大変だった。成長するまで毎年蜂に刺されながら下草刈りをしながら面倒を見なければならない。昭和40年頃までは "杉は財産だ!" と思っていたけれど、気がついてみると完全にアテがはずれ見放されてしまった。環境問題を抱えている今でさえ、外材を伐採し、価格競争力のない杉は行きどころを失っている。

今、各地で杉の有効利用をテーマにしたプロジェクトに関わることが多い。ちょっとトリックだと思うのは間伐材の有効利用と題して、あたかも今それがとても有効だと思わせられていること。間伐材というのはもともと成木を育てるために間引しながら森林を守っていくものであったはず。ところが今のやり方は間伐材のみにスポットを当てている。つまり「間伐材の利用が杉の有効利用のまず必要な処置でそのために補助金を出す」ということなのだが、根本的な杉植林問題をないがしろにし、過去の植過ぎに対して表面的な処方であるとしか思えない。実際地場の森林関係者に聞いても、「まあ補助金がでるからやるけど、やりたくない仕事だよ、実際間伐材伐採と言うと聞えがいいが、切出し道もなくなった今、まともに間伐材だけを切るのは逆に大変で細いのも太いのも一緒に切ってる。」と言う。

おそらく今一番必要なのは増えすぎた成木としての杉をどううまく使うかで、それが出来れば間伐材問題は必然的に処理されていく。その根本に必要なのは杉を愛したり、山を愛したり、またその加工、使い方を含め、生活を楽しめる環境を作ることであり、もし補助金を出すのであればそういうインフラ作りにこそ出してもらいたい。
間伐材であれ、成材であれ、もともと杉は杉の魅力があり、日本を代表する木として生活にとけ込んでいたはずである。もう一度改めて"杉の良さ"と"杉の使い方"という根本を地場の林業関係者、加工関係者、行政、メーカーを含めデザイナーとして何が出来るか、様々な角度から考えて行きたいと思っている。


 

 
 
PROJECT CANDY/2002.11.28
 
PROJECT CANDYというブランドがなくなってほぼ2年が経つ。もう知っている方も少なくなってしまったと思うが、家具のデザインに於いてボクがかなり積極的に関わってきたブランドである。1994年からスタート、新しい世紀に移行することなく消滅した。しばらくはショックであまり触れないできたが、そろそろゆっくりと振返り、プロセスと内容を検証してみたいと思う。これからの自分のデザインのためにも「PROJECT CANDYものがたり」のような形で一度まとめてみようと今準備中である。
とりあえず知らない人のために千駄ヶ谷にあった PROJECT CANDY showroomと1996年にOZONEで開催された「Livin具Daininn具展」をUPしましたので、良かったらご覧下さい。


 

 
 
DAISUGIがやってきた /2001.10.03
 
といってもご存じない方はさっぱり分からないと思います。 実は昨日まで開催していたon-hot展に出展していた巨大な杉のかたまりです。漢字では 大杉と書きます。全長6m幅65cm、重量 約1t ( ゚?゚;) です。オゾンのギャラリースペースではなかなかの存在感を示していましたが、展示会終了後、行くはずだった某場所に残念ながら某理由でいけなくなり、とりあえずボクの事務所へとやって来ることになったのです。もともとこれからの働く場所の提案として考えたもの。事務所で使えないはずはない。という理論はもっともであるが、ちょっと計算違いはその大きさ故に移動、納入の大変さである。エレベーターで入らず、階段はまわれない。まして簡単に運べない重量 と来ている。どうしようもなくクレーン ('o') で事務所に入れて頂くことになった。一言では言えない怖ろしい苦労の末、ついに事務所にその鯨のような巨体が横たわった。 さっきまでの重苦しい不安がどこかに消え、いいジャンこれ!の 一言に変わった。 実にいいのだ。理屈ではなく何もかも越える存在感、何もかも越える頼りがいがある。 今までの家具達がほんとにか弱く見える。 そうだもしかしたらこのスペースに対しての大杉のボリューム感 、はじめから無意識に考えていたのかもかも知れない...な〜んてね。 ともかく大杉くんとどう付き合って行こうか、あれこれ考えを巡らしているところです。興味のある方ぜひ見に来て下さい。


 

 
 
一周年 /2001.08.22
 
早いものでHPをオープンして一年が経ちました。アクセスして下さった方、どうもありがとうございました。 だんだんかっこよくするぞ〜と思いながら特別な変更もせずズルズルとやってきた感じです。でも見た目よりやっぱり中味で勝負だから...と自分に言い聞かせながら結局何ヶ月も更新しない状態が続いてしまいました。 これから秋、デザインのシーズン 。色々盛り上げていきたいと思っています。
 


 

 
 
ちょっと嬉しかった事/2001.0720 
 
JR渋谷駅で改札で定期券の精算をしようとしたら財布を忘れてしまって1円もない。しょうがないのでその旨を話し、「今度で払います」といって出してもらった。一週間後、「この前これこれで150円借りたので...」って差し出したら笑いながら「ああ〜そうですか、でももういいですよ」という言葉が返ってきた。田舎の話じゃなくここは渋谷だ。久々にとてもいい気分だった。 


 

 
 
城内の四季-春 /2001.05.08
 
僕の生まれ育ったふるさとは新潟県魚沼郡六日町の城内地区というところである。
城内という地名は戦国時代、山城が四方にあったかららしいが、とにかく 山に囲まれた盆地である。日本酒と魚沼産のコシヒカリで知られるが、その他にはこれといったものが何もないといった所である。今流行りの町おこしなどにも興味がないらしく、しかしそれが幸いしてここ何十年風景は大きくは変わってはいない。冬の間すっぽり雪に覆われていた山々が春、雪解けと同時に萌えるような緑に覆われた光景はいつ見てもほれぼれする。

東に位置するのが八海山(ハッカイサン)。日本酒でも有名だが岩山で急峻なスタイルはいかにも男性的で、昔から信仰の山で女人禁制であった。標高1776mだが、いきなり迫り上がっているため実際より高く感じる。背後には越後駒ヶ岳、中の岳を配し、合わせて越後三山という。八海という名前は頂上に八つの頂きがあるからとか、池が八つあるからとか言われている。
南にそびえるのが巻機山(マキハタヤマ)、八海山とは対照的になだらかで美しい女性的な山である。 谷川岳から続く上越国境の流れである。標高は2000mを超え、残雪もずいぶん後まで残っている。残雪の形が機を織っている女性の姿に見えるためそう呼ばれているらしいが、こちらから見ると牛の形に見え、別 名牛ヶ岳とも呼ばれる。(と言っても実はどれが牛なのか、子供の頃から僕はよくわからない。) なだらかな山の形は春スキーをするのに最適で、頂上から一気に麓まで大滑降が出来る。過去の経験で巻機山大滑降ほど気持ちのいいスキーはしたことがない。

またこのシーズン、山は山菜の宝庫になる。 木の芽、コゴミ、シオデ、ウド、タラノ芽、ふきのとう、ゼンマイ、ワラビ等々何でもありである。 中でもおすすめは木の芽。アケビのツルの先端を摘んだものだが、採るのにとても時間がかかる分、味は美味。生卵としょうゆで食べたら、いくらでもいける。シオデは山のアスパラ、これも美味しい。ウドは山菜の王者などといわれるが、なぜか急斜面 にしか生えていない。命の危険を冒してというとオーバーだが、ちょっとやそっとでは採れない。その難しさが何ともおもしろい。 ゼンマイやワラビは美味しいが、いったん干したり、揉んだりといった手間がかかって、もっぱら採りっぱなしである。 まあ毎日これを食べればお金もかからず体にも良いとつくづく思うシーズンである


 

 
 
まちづくりのデザイン2 /2001.04.08
 

新しいものを作れば何かが生まれる、何かが始まると思いがちだが、その前提として必要な事はそこに住む人が、自分たちの歴史や文化をどれだけ大切に思っているかという事だと思う。歴史や文化という言葉が大袈裟とすれば、どれだけ自分達の街を好きなのか、愛しているかと置き換えてもいいと思う。 今、日本経済が混乱していて、とかくまちの経済の活性化ばかりに目先がいってしまいがちだが、その意識がないとないと何のための活性化かわからないし、逆に自分たちが望んでいないものに囲まれていくかも知れない。
自分たちのまちを愛し、そこで楽しんでいる人を見たとき、訪れた人は感銘を受け、またここを訪れて見よう、とかいいところがあるんだよと他の人にも教えたくなる。新しいものを作るより先にその認識をはっきりさせ、守るもの、必要なもの、不必要なものとの整理をはっきりさせることが大事なんではないだろうか。 そしてこれは一人一人の生活、住まい方も実は同じ事なんだろうと思う。




 

 
 
感じるデザイン /2001.02.10
 
自動車は結構好きなのだが、なかなか魅力的な車がなくてあまり興味がなかった。 ただ以前から気になっていた車はあっていつかほしいな...と思っていた車は実はあった。 Land RoverのDEFENDER110という車である。 日本で正規輸入していないので本気でその気にならなかったが、ところがたまたま近くに輸入している専門ショップがあって衝動的に購入してしまった。 ほぼ50年という間、基本コンセプト、スタイルは大きく変わっていない。開発コンセプトの必然性があるからなんだろうが、とにかく妙に惹かれた。安全性、動力性能が全然どうでもいいと思ってはいないが、所有したいと思う欲望はそれを越えたところで感じてしまう。 加速が悪ければゆっくり走ろうとか、エアバックがない分気を付けようとか。それはそれでいいような気がする。
とにかく僕にとって 感じるデザインなのであった。 大事なことは車としての原点、動く道具としての魅力であって、デザインの名のもとに人と道具との魅力的な関係を消費経済社会の流れの中で置き忘れてきてしまったのではないだろうか。 とはいえこれからしばらく付き合ってみないと本当のところはわからない。 またしばらくしたらご報告 。


 

 
 
新しい年を迎えて... /2001.01.08
 
今年も例年通り新年は新潟の実家で迎えた。 六日町というところは雪がとても深いお酒と米の美味しいところである。と何年か前まではいっていたが、最近は昔の豪雪のイメージはない。全く雪のない正月も珍しくないほどである。初詣に出掛けたり、車で帰省することを考えると雪がないことは本当にラクチンである。もっともスキー場関係者が多いのであまり大袈裟に喜ぶことも出来ないが...。

今年は1メートル程度 積もっていてちょうど良い程度であった。でもこの程度の雪だとどうもしっくりこない。家から見える上越国境の山々も、最近流行の田舎らしくない家々も中途半端に見え隠れしてしまりがない。それと気のせいか雪の色が純白でなく、少し黄ばんで見える。やっぱり雪はすべてを覆い尽くし、あたり一面 真っ白になった時、一番の美しさを見せる...というところまで思いを巡らせたとき、地元にいない人間の考えることかなって思った。 真っ正面からその自然と立ち向かっている人間が言うならともかく、いつの間にか他人事っぽく思うようになってしまったな。とか。

理解しすぎて見えなくなってしまうもの。反対に深入りしすぎないから見えてきたりということがある。そのどちらが正しいかではなく、気持ちを伝えあうこともコミュニケーションなんだろうなと思った。 「2001年宇宙の旅」が気になってもう一度見なおした




 

 
 
寝台特急 /2000.12.20
 
十何年かぶりに寝台特急に乗る機会があった。 以外だったのは列車の外観、インテリアそして乗車時間までも昔とあまり変わっていないこと。(料金だけは高くなっていた)
スピードに慣れてしまった今、いまだにこの手の列車があるということの疑問、そしてどんな人が使用するのかといった事などを想像しながら、その時間をもどかしく思っていたが、しばらく乗ってみてそんな心配をしていた自分が恥ずかしくなった。いったい何をそんなに急ぐのか、早いってそんなに良いことか... 真っ暗な車窓から見える日本海を眺めているうちに日々の小さい事に惑わされている自分に気づく。 そのうちだんだんうとうとしてきてうつろながらに感動した。これから何時間か経って、目覚めた時、終点の上野に着く。そしてそのまま一日が始められる。なんて合理的なんだろう。